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ヤマト樹脂光学はエルコンワンデーで有名な日本のコンタクトレンズメーカー
エルコンワンデーで有名なヤマト樹脂光学は、大手コンタクトレンズメーカーにもOEM供給しているソフトレンズからハードレンズまで取り揃えています。
豊富なレンズラインアップ。
時の流れは、常に止まることを知らず、めまぐるしく移りかわります。学校・会社・レジャー・・・この多彩なライフサイクルを快適に過ごすためには、より多彩な視生活が必要です。そんなライフサイクルに最適なコンタクトレンズを、豊富なレンズラインアップより選ぶことができます。
ヤマト樹脂光学の歴史
ヤマト樹脂光学は、昭和41年6月に「医療用具コンタクトレンズ」の製造及び販売を業務として設立。
以来30余年にわたり、お客様のご支援ご指導のもと、着実にその地歩を固めてきています。
現在、コンタクトレンズ製造・販売の他、 新素材開発のための開発研究室、メディカル事業部、薬局経営、コンタクトレンズクリニック経営等、 広い分野にわたり事業展開。
ヤマト樹脂の経営理念であります「魅力のある会社作り」をモットーに、社員一人ひとりが参画意識を持って「ニューヤマト」の実現を目指しています。
荒江光学は一眼レフ製造技術を下支えにコンタクトレンズ事業へ展開しているネオサイト14やアイレ30などが人気のコンタクトレンズメーカー
荒江光学はネオサイト14やアイレ30などが人気のコンタクトレンズメーカーで、一眼レフ製造技術から発展しており、大手コンタクトレンズメーカーにもOEM供給しています。
荒江光学は1961年に設立。それまではカメラ開発を手がけ、現在高級一眼レフに使用されているクイックリターンミラーを初めて開発。スイングバック式クイックリターンミラーとペンタプリズムを搭載した一眼レフカメラ「アルタイル」の技術は現在も大手カメラメーカーに受け継がれています。
その後、プラスチック製マイクロレンズを開発。大手コンタクトレンズメーカーにOEM供給する。現在では製造協力工場を広く海外に求め、最先端の技術力と長年培ったノウハウの融合により、高品質なコンタクトレンズの販売・開発を手がけています。
オフテクスは世界の眼科医療に貢献する企業を目指している日本のコンタクトレンズメーカー
オフテクスはOPHTHALMOLOGY(眼科学)とTECHNICS(技術)の合成後の社名のごとく、世界の眼科医療に貢献することをモットーにしている日本のコンタクトレンズメーカーです。
「創意工夫と挑戦」、この企業理念の下1981年の創業以来オフテクスはコンタクトレンズケア(CLC)を中心に事業を展開しています。
1988年世界初の液体酵素による洗浄システム「バイオクレン エル」の発売を皮切りに、最近では海外メーカーより導入されたコールド消毒剤という新しいカテゴリーにおいて、国産初のコールド消毒剤 「バイオクレンケムセプト」を投入し、国内CLCマーケットで一定の地位を築き上げています。
しかし、これだけにとどまらず、さらにオフテクスは「世界の眼科医療に貢献すること」を目標に着実に事業領域を拡大しています。1996年に防腐剤フリーの人工涙液の製造販売を開始し、1998年には定期交換型ソフトコンタクトレンズ 「ビューノI」の導入を行い、CLC、コンタクトレンズ、医薬品の3本柱を確立。
この21世紀には医療用医薬品分野への進出、世界市場への進出を果たすべく準備を進めており、2002年春にアイルランド共和国リメリックに工場が完成。
シード(SEED)はあなたの見えるをサポートする日本のコンタクトレンズメーカー
シードは、日本で最初のコンタクトレンズの研究を開始したレンズメーカーで、使い捨てコンタクトレンズではフォーティーンUVやマンスリーファインが人気です。
シードが、コンタクトレンズの研究を開始したのは1951年。以来半世紀以上にわたり、コンタクトレンズの開発で培った技術・信頼をもとに、コンタクトレンズ事業にとどまらず、眼に関するさまざまな商品を世に送り出しています。
今ではコンタクトレンズ事業を中心に、コンタクトレンズケア事業、眼鏡事業のほか、多くの事業を展開しており、その事業の全てが“「見える」をサポートする”ことにをモットーとしています。
シード(SEED)は、英語で「種子」という意味。今後も私たちは、無限の新分野に種をまき、 結実した「成果」を収穫し続けることで、皆さまの「見える」を、より一層サポートしてくれます。
シードのコンタクトレンズ事業
シードでは現在、さまざまな性質・機能をもった14種類のコンタクトレンズを販売しています。O2レンズ、ソフトレンズをはじめとして、2週間と1ヶ月の定期交換ソフトレンズ、瞳を自然な色でより美しく演出するカラーコンタクトレンズ、乱視の矯正が可能なトーリックソフトレンズや、遠近両用レンズなど、各種テクニカルレンズにも力を入れ、お客さまの多様なニーズに対応できる商品を取り揃えています。
1951年にコンタクトレンズの研究を開始して以来、シードのコンタクトレンズ事業における歩みは、日本のコンタクトレンズの進化の歴史ともいえます。今後も、より安全で高品質な商品を提供し、時代のニーズにあった商品展開を実現しています。
メニコンはソフトコンタクトからハードコンタクトまで数多くの商品を取り扱っている日本を代表するコンタクトレンズメーカー
メニコンは日本を代表するコンタクトレンズメーカーで、ハードコンタクトからソフトコンタクトまで数多くのレンズを取り揃えています。
メニコンは、1951年に日本初の角膜コンタクトレンズを開発して以来、新しいレンズ素材やデザインの開発、製造技術の向上、生産・品質管理体制の整備を進め、「コンタクトレンズのパイオニア企業」としてつねに業界をリードし、豊かなアイライフを届けています。
この何事にも挑戦し続ける精神や創造性、独創性など、創業以来着実に培われた「メニコンらしさ」は、現在も脈々と息づいており、今後も「最高の安全性」へのこだわりをさらに強化し、「すべての瞳の幸せのために」、眼科医としての視点からも″メニコンの安全哲学″を構築しています。
そして、高品質な製品開発を進めるとともに、眼科医療分野以外の新規事業へも果 敢にチャレンジし、「創造型スペシャリスト企業」として、たゆまぬ努力を続けているコンタクトレンズメーカーです。
メニコンの歴史
眼鏡店「玉水屋」で働いていた現株式会社メニコン会長 田中恭一(当時20歳)が、米将校夫人から「コンタクトレンズ」の話を聞かされたのが1950年。その後、田中はコンタクトレンズの研究に没頭し、1951年、日本で初めて角膜コンタクトレンズの開発に成功、して現在に至っています。
チバビジョンはフォーカスデイリーズなどで有名なソフトコンタクトレンズ専門メーカー
チバビジョンは、1日使い捨てコンタクトレンズのフォーカスデイリーズなどのフォーカスブランドやカラーコンタクトレンズのフレッシュルックブランドなどで販売しているソフトコンタクトレンズの専門メーカーです。
チバビジョンは、革新的な製品(素材、製法等)の研究開発を絶えず行っています。この研究開発によりレンズ事業ではシリコーンハイドロゲル素材を採用したNIGHT&DAY® やO2OPTIX™ (※), そして1日(1回限り)使い捨てソフトコンタクトレンズのフォーカス® デイリーズ®等を市場導入してきました。
※海外で発売されているO2OPTIX™は、日本で発売されている「O2オプティクス」とは、異なる製品です。
チバビジョンはまたカラーコンタクトレンズの分野でも世界的リーダーであり、フレッシュルックカラーブレンド® という製品では3色をバランスよくブレンド、瞳に深みのある微妙なニュアンスをプラスして奥行き感を演出します。チバビジョンの85以上の豊富なカラーバリエーションは業界をリードしています。またレンズケア用品については、チバビジョンでは多くの革新的な製品を販売しており、過酸化水素等の力で洗浄消毒するワンボトルタイプのエーオーセプトクリアケア®がその代表です。
チバビジョンの歴史
チバビジョンは1980年、米国チバガイギー社の製薬部門における事業多角化活動の一環として設立されました。チバガイギー社は1996年にサンド社と合併して、生命科学における世界的リーダー企業であるノバルティス社を設立し、チバビジョンは同社のアイケア事業部門となりました。
チバビジョンは1980年にソフトコンタクトレンズ市場に参入しました。イノベーションの追及と戦略的企業買収による積極的な事業展開により、年間売上が10億米ドルを上回る企業にまで成長しました。
チバビジョンが急成長を遂げたのは、装用者、医師、そして提携パートナーといった顧客のニーズを把握すると同時に、彼らに対して革新的で優れたソリューションを提供してきたからです。チバビジョンは今後も社員一同、創造性、研究、イノベーションを追及し、アイケアヘルスのフロンティアを目指します。
ボシュロムは世界で初めてソフトコンタクトレンズを製品化したメダリストブランドで使い捨てコンタクトレンズを販売しているレンズメーカー
ボシュロムはメダリストブランドで使い捨てコンタクトレンズを販売しているメーカーです。
1853年にドイツからの移民 J.J.ボシュが米国ニューヨーク州ロチェスターに開いた小さな眼鏡店から始まりました。以来、眼鏡・光学関連の分野で高い技術力に基づく製品を送り出し、150年を経た現在では、コンタクトレンズや眼科用医薬品・手術機器などを中心に世界100以上の国々においてビジネスを展開するグローバル企業に成長。“確かな視界で快適な暮らしを”をスローガンに、世界中の人々の目の健康に貢献しています。
ボシュロムは世界で初めてソフトコンタクトレンズを製品化
1960年、社名をBausch & Lomb Optical CompanyからBausch & Lomb Incorporatedに変更するとともに、眼科部門と科学機器部門を設立しました。そして、1960年代半ばにボシュロムは、ウィリアム・ボシュが光学ガラスの製造を決定して以来の、会社の歴史においても非常に大きな決断をすることになります。
ボシュロムは、戦前からあったハードコンタクトレンズに代わる新しいテクノロジーとして登場してきたソフトコンタクトレンズに注目し参入を決定、研究開発に取り組み始めます。
そして、HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)という水分を含んで柔らかくなる樹脂素材を使ったソフトレンズの開発に着手。多額の資金投入と数年間にわたる研究開発の末、実用レベルのソフトコンタクトレンズ「Soflensコンタクトレンズ」を開発し、1971年FDA(アメリカ食品薬品局)の認可を得るのです。
発売から3年を経た1974年には100万人がSoflensを使用しているほど、圧倒的な支持を得て市場を席巻。すぐに競合他社が現れましたが、世界で最初にソフトコンタクトレンズを製品化したボシュロムの技術的優位性は簡単に打ち破られるものではなく、常に業界のトップをリードし続けました。
この成功でボシュロムは、アメリカを代表する企業の紳士録ともいえる「フォーチュン500」にも名を連ねます。
ジョンソンエンドジョンソンはアキュビューブランドで販売しているコンタクトレンズメーカー
ジョンソンエンドジョンソンはアキュビューコンタクトレンズをはじめとする人気のコンタクトレンズメーカーです。
1984年にデンマークで開発された技術を基に、米国ジョンソン・エンド・ジョンソンが均一なレンズを大量生産することに成功し、最長で1週間連続装用が可能な「アキュビュー」を世界ではじめて開発。
そして1991年、「アキュビュー 」は日本で初めてのディスポーザブルコンタクトレンズとして導入されました。ジョンソンエンドジョンソンのアキュビューはあなたに快適なコンタクトレンズライフをお届けしてくれます。
ジョンソンエンドジョンソンの歴史
アメリカ南北戦争では、多くの負傷兵が、傷は治ったにもかかわらず細菌の感染によって次々と命を落としていきました。
その頃、薬局で研修中だったロバート・ウッド・ジョンソンは、英国の外科医ジョセフ・リスター博士の空気中の細菌の発見にいち早く着目。多くの人々への細菌感染を防止するために殺菌済外科用包帯の大量生産を思いつきました。そして1886年、彼は2人の兄弟とともに「ジョンソン・エンド・ジョンソン」を創業しました。
この感染予防の実用化こそジョンソン・エンド・ジョンソンの第一歩であり、近代医学の幕開けになったのです。現在においてもすべての製品開発に、この感染防止に対する考え方が反映されています。「人間の生命と健康」にチャレンジするという尊い意志を受け継いだ創始者の息子ロバート・ウッド・ジョンソン2世は、1944年、「企業は消費者、社員、社会、株主に責任を持たなければならない」という経営哲学を打ち出しました。これが現在、世界中のジョンソン・エンド・ジョンソンに根づいている「我が信条」の母体です。1982年に起きた“タイレノール毒物混入事件”では、消費者に対する責任を第一に考え、直ちに全製品を回収。積極的な情報開示を行いました。その結果この勇気ある決断と迅速かつ適切な行動は各界から大きな評価を獲得し、ジョンソン・エンド・ジョンソンへの信頼をより一層深めることになったのです。
1世紀以上の長きにわたって人々の健やかな暮らしに貢献し続けてきたジョンソン・エンド・ジョンソン。その歴史を通して、創業以来のスピリッツは全世界で受け継がれています。グローバルなファミリー企業を持つ世界最大のトータル・ヘルスケア・カンパニーへと大きく成長を遂げた今、私たちジョンソン・エンド・ジョンソンは人々の生命と健康を永遠のテーマに、これからもお客様の様々な声に耳を傾けながら全力で研究・開発に取り組んでまいります。
アキュビューの歴史
1984年、ジョンソン・エンド・ジョンソン グループのヤンセン・ファーマスーティカ(ベルギー)からJ&J本社に一つの情報がもたらされました。デンマークのある企業がソフトコンタクトレンズの新しい製造技術を開発したというのです。この情報を受けた米国J&JビジョンケアInc.の代表は翌日にはデンマークへ出向き、その場でこの技術を取得する契約を交わしました。
その後3年以上に及ぶ開発期間を経て、新技術SSM製法※を確立しました。その結果均一な製品の大量生産を実現し、これまでの常識を覆す製品を世に送り出す時が来ました。世界初の使い捨てコンタクトレンズ「アキュビュー」の誕生です。
1988年、最長1週間連続装用使い捨てコンタクトレンズ「アキュビュー」は全米で発売されました。その後ヨーロッパでも発売され、使い捨てコンタクトレンズのパイオニアとして世界へとマーケットを展開し始めます。
そして1991年、「アキュビュー 」は日本で初めての使い捨てコンタクトレンズとして導入されました。
その後も、2週間交換終日装用ソフトコンタクトレンズ「シュアビュー 」、1日使い捨てコンタクトレンズ「ワンデー アキュビュー」、日本初遠近両用2週間交換ソフトコンタクトレンズ「2ウィーク アキュビュー」バイフォーカル、2週間交換終日装用ソフトコンタクトレンズ「2ウィーク アキュビュー」を続々と登場させてきました。
1998年J&JビジョンケアInc.はフロリダ本社工場に次ぐ世界第二の製造拠点としてアイルランド工場を設立し、現在日本をはじめ世界65か国へ万全の体制で製品を供給しています。
2002年以降に、「2ウィーク アキュビュー」トーリック、「ワンデー アキュビュー カラー」、「ワンデー アキュビュー ディファイン」が加わりました。